2017/02/04

【けんちくのチカラ】作品と融合する“主張しない優れた空間” 落合陽一さんと「東大福武ホール」


 情報技術を自由に、簡単に、誰でも使える「空間」が、コンピュータという「魔法の箱」の進化とともに私たちの身近な場所に出現しつつある--。「現代の魔法使い」と呼ばれる筑波大学助教、メディアアーティストの落合陽一さんはそう話し、この空間が広がった世界を「デジタルネイチャー(計算機自然)」と名付ける。空中でのプラズマ発光による触れることのできる3次元映像など、光や音といったメディアで空間に新しい機能をつくり出す作品は、世界から注目されている。建築空間がとても重要な要素となり、時には図面を見て制作に取りかかる。安藤忠雄さんの建築が好きで、東大大学院の博士課程で出会った安藤さん設計の「情報学環・福武ホール」は、実際の作品展開はまだだが、他の安藤作品同様「内部が過度な主張をしない素晴らしい空間なので、新しい体験ができる機能を付加してみたいですね」と話す。

建物の象徴といえる長さ100mの「考える壁」。
高さ30cmのスリットが内外・新旧のキャンパス空間をつなぐ

 メディアアートとは、コンピュータなど新しい技術的発明を伴う芸術表現のこと。落合さんの作品は、コンピュータによる光や音などのメディアを使って、空間の空気や動きを創り出すインスタレーション作品が多い。これまで、実物投影機を並べた光と影のアニメーション『アリスの時間』、超音波によって物体を空中に浮かべ3次元的に動かす『Pixie Dust』、空中に触れる光を「レンダリング」する『Fairy Lights in Femtoseconds』などの作品がある。

2012年制作『アリスの時間』(photo:神藤剛)

 東京大学大学院学際情報学府の博士課程に在学中、研究室は隈研吾さん設計のダイワユビキタス学術研究館でお気に入りの建築だったが、安藤さん設計の福武ホールもとても気持ちの良い空間で大好きだった。
 「『東大制作展』というのがありまして、福武ホールも展示空間になるのですが、作品との相性がすごく良いんです。安藤さんの建築は本当に好きで、香川県直島町の『地中美術館』でも作品との融合性が高いと思いました。福武ホールもよく似ていて、一枚の布をぴんと張ったようなコンクリートの打ち放しは、過度な主張をしない高品質な空間です。その主張しない優れた空間が、インスタレーションなどの作品とすごく相性が良いんです。あの長さ100mの『考える壁』のスリットから見える景色、差し込む光の感じは素晴らしいですね。ぼく自身は展示していないのですが、仲間の展示からそんな強烈な印象を持っています」

◆ロシア国営放送が取材に
 当時、シャボン玉の膜にモルフォ蝶を浮かび上がらせる「コロイドディスプレイ」を開発し、ロシア国営放送が取材に来た。
 「ラボ(研究室)が空いていなくて、福武ホールで取材を受けました。1階の『学環コモンズ』という共有スペースの長い廊下でカメラをまわして、反対側から歩くところを撮ったんです。すごく良い感じで、そんなに前ではないのですが懐かしいです。ロシアで放映されたのだなあと思いながら、少し経ってイギリスに行ったとき、何気なくNHKワールドを見ていたらこのときの自分が出てきたんで、すげーびっくりしました。ロシアの放送を流してたんです」
 福武ラーニングシアター(定員184人のホール)では、学府の修了式が行われ、その総代としてあいさつした思い出の場所でもある。

福武ラーニングシアター

 「銀の打ち放しのものをつくるのが好きで、最近、液体窒素を使って銀などの超伝導体を浮かすことが自分の中で流行ってるんです。銀とコンクリートはかなり相性が良いので、安藤さんの建築空間でぜひインスタレーションをしてみたいですね」

◆建築空間でのメディアアートの意味
 昨年は、建築家の妹島和世さんとの茨城県北芸術祭でのコラボレートなどいくつかの展覧会を通じて、メディアアートにおける建築空間の持つ意味を考える年になったという。
 「妹島さんが設計した足湯の空間に、こんな感じでどうでしょうかと、音のメディアを足していきました。その結果、足湯の中で、川のせせらぎの音がするサウンドアート『空気のせせらぎ』が完成しました。昨年は以前から気になっていた建築空間でのメディアアートの意味を強く意識できた年でした。どんな空間性を加えていくかということにますます興味が湧いてきました。特に、空中に物体を浮揚させる作品は、空間の雰囲気が変わります。それは重力に人間の身体感覚が強く左右されるということです。改めて実感しました」
 父親は国際ジャーナリストの落合信彦さん。

幼少期の計算機との出会い

 「小さいころ、親父はホテルニューオータニにずっと住んでいました。一番印象に残っているのが、最上階の展望レストランです。ここにたまに行ったのですが、360度回転するんです。あれ、すごい好きだった。動く建築って興味ありましたね、今の活動に影響していると思います」

 (おちあい・よういち) 1987年東京生まれ。メディアアーティスト・筑波大学助教 デジタルネイチャー研究室主宰・VRコンソーシアム理事・一般社団法人未踏理事・電通ISIDメディアアルケミスト・博報堂プロダクツフェロー。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学で学際情報学の博士号を取得(学際情報学府初の早期修了者)。2015年より筑波大学助教。映像を超えたマルチメディアの可能性に興味を持ち、デジタルネイチャーと呼ぶビジョンに向けて研究に従事。
 映像と物質の垣根を再構築する表現を計算機物理場(計算機ホログラム)によって実現している。情報処理推進機構よりスーパークリエータ/天才プログラマー認定に認定。World Technology Award 2015年、世界的なメディアアート賞であるアルスエレクトロニカ賞受賞など、国内外で受賞歴多数。
 著書に『魔法の世紀』 PLANETS、『これからの世界をつくる仲間たちへ』 小学館などがある。
 2月11日(土)より六本木ヒルズ52F展望ギャラリーにて開催される「メディア・アンビション・トウキョウ 2017」に出展予定。
▽「メディア・アンビション・トウキョウ 2017」=六本木ヒルズ52Fの展望ギャラリー、2月11日(土)-3月12日(日)。主催は六本木ヒルズ、CG-ARTS、JTQ、ライゾマティクス

■建築概要 「考える壁」は求心性と内省を意図 寄稿 建築家・安藤忠雄





 「福武ホール」の敷地は、キャンパス内最古の建造物である「赤門」に隣接する、本郷通りとキャンパスを隔てる緑地帯の一部に定められました。敷地には樹齢100年を超える見事なクスノキが繁っていますので、キャンパスの緑地軸構成の踏襲、既存のクスノキの風景の継承を前提に、キャンパスの新たな刺激となるような〈場〉の創出を主題としました。結果として生まれたのが、既存の樹木を避けて得られる矩形を2層分地下に沈め、その半分に4層分の高さのヴォリュームを配置し、もう半分を地下と地上をつなぐ階段状のドライエリアとする構成です。
 間口100m、奥行き15mの細長い敷地ですが、計画においては、この特徴を最大限生かすことを考えました。建物全長に及ぶ庇の水平線と呼応するように延びる前面のコンクリートの壁は、背後のオープンスペースの求心性を高めるのと同時に、キャンパス内に意図的な空白、内省の〈間〉が生まれることを期待してつくったものです。壁には、ちょうど目線の高さに、高さ30cmのスリットを設け、壁の内と外、新旧のキャンパス空間を緩やかにつないでいます。「考える壁」と名付けられたこの壁こそが、学生たちが世界とつながり、豊かな創造力を育むようにと、この施設に込めた願いの象徴でもあります。
 「考える壁」と建物本体の間に設けられた、地下空間へと広がる階段広場は、期待どおり、学生たちが語り合う“対話の空間”が生まれています。多くの人がここに集い、年齢や分野などの境界を超えたさまざまな対話がこれからも生まれていくことを期待しています。
 建築は、完成したらそれで終わりというわけではなく、利用する人々とともに、成長していくことが理想です。情報技術については詳しくありませんが、コラボレーションすることによって、建築の空間に新たな価値を付加することができるのであれば、面白いと思います。

■建築ファイル
 東京大学本郷キャンパスは、統一的にデザインされたゴシック風の建物を中心に、各時代の校舎が緑地軸に沿って建ち並ぶ、すぐれた歴史的環境を有している。随所に豊かな緑で覆われた余白の空間が設けられており、そのオープンスペースのネットワークによって、構内の各施設が緩やかに結ばれる。「東京大学情報学環・福武ホール」は、その本郷キャンパス内に、大学創立130周年を記念して、当時ベネッセホールディングスの会長だった福武總一郎さんの寄付を基につくられた200人収容のホールをもつ校舎施設。
▽所在地=東京都文京区本郷7-3-1
▽建築主=東京大学
▽構造・規模=RC造地下2階地上2階建て延べ4047㎡
▽用途=東京大学大学院情報学環・学際情報学府施設(授業、研究、シンポジウム、コミュニティ、カフェ等)
▽設計=安藤忠雄建築研究所
▽施工=鹿島
▽竣工=2008年3月26日
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