2016/12/01

【けんちくのチカラ】強制されない不思議なアート空間 クリエイティブディレクター・JUN WATANABEさんとモエレ沼公園


  クリエイティブディレクターのJUN WATANABEさんは、彫刻家のイサム・ノグチがマスタープランを手がけた札幌市郊外の「モエレ沼公園」を昨年5月に初めて訪れ、「派手さがなく、経験したことのない感動的な空間でした」と話す。「とにかく大きく美しい公園で、アートを強制されることがないのですが、エネルギーにあふれ、ただ居るだけで気持ちが良い不思議な空間です。つくられ過ぎていなくて、自然をとてもうまく使った究極の彫刻といえるのではないでしょうか」。難しい問いかけがなく、直感的に訴えかけてくるところが好きだという。公園内の「ガラスのピラミッド」「海の噴水」「モエレ山」などを家族といっしょにほぼ1日回って、イサム・ノグチの世界を楽しんだ。

■つくられ過ぎていない究極の彫刻
 イサム・ノグチが初めて札幌市のモエレ沼を視察したのは1988年3月30日。そこは189haもの広大な不燃ごみの埋め立て地だった。都市の負の遺産であるごみ埋め立て地を再生し、美に転換させること。それが自分のやるべき仕事だと、残雪の中を歩き回って彼は意欲を示したという。それから9カ月後の11月にマスタープランができ上がるが、わずか1カ月後の12月にイサムが急逝。発注者の札幌市は計画の継続を決定し、当初からイサムと作業を進めていたアーキテクトファイブが設計統括を担うことになった。

公園予定地を下見するイサム・ノグチ(中央)。
左から3人めが設計統括担当の川村純一さん(写真提供:川村純一)

 「イサム・ノグチさんの遺作ともいうべき作品で、コンセプトが『公園全体が彫刻』『大地の彫刻』だという風に聞いています。自然と一体になった究極の彫刻といえると思います」
 公園にはいくつかの象徴的な施設がある。
 「標高62mのモエレ山は登ってみるととても大きくて、頂上からは全体が見渡せます。素晴らしい景色でした。ガラスのピラミッドはランドスケープ的な建物で、ぼくが驚いたのは音です。小さい物音でも共鳴して、独特の『鳴り』というのでしょうか、不思議な音に聞こえました。この空間での演奏を前提に曲をつくる人もいると聞きました。海の噴水は、昼にショーを見たのですが、感動しましたね。直径が48mの巨大な池があって、始めそこには水がないのですが、水が流れてきてたまりながら規則的な波紋を描いていくんです。ものすごい量の水が流れ出てきて、水面の模様がまさにアートで、そこに物語性を感じてわくわくしました」

■居るだけで気持ち良い感動空間
 公園全体は、自然と人工の彫刻のバランスが絶妙な感じがしたと言う。
 「用意され過ぎていないと言いますか、つくられ過ぎていなくて、とてもきれいなんです。無機質でもなく、自然の力をうまく活用していると思いました。つくられ過ぎていると、押し付けられるようで緊張するし、逆だと落ち着かない。ちょうどそのバランスが取れていて、ただ居るだけで気持ちの良い空間でした。難しい問いかけもなく、ぼくはこういう直接的に働きかけてくる直感的なアートが好きですね」

公園内の象徴的な建物「ガラスのピラミッド」

 モエレ沼公園がアートかと聞かれたら「こだわらなくても良いと思いますが、アートというカテゴリーではなく、別の感じがしました。家族でシートを広げてお弁当を食べている風景も見られたので、自由なアート空間といえるのかもしれません」と述べる。
 父親の趣味が飛行機のラジコンで、故郷の新潟県新発田市でいまも仲間とクラブをつくって会長を務めている。
 「ラジコンの飛行機をつくるプレハブ小屋もあって、そこで軽い素材のバルサを骨格にして、絹の翼を張るんです。それがすごく美しくて精密で、その設計図などを小さいときに見てわくわくしてたんですよ。エンジンを載せてガソリンを入れて飛ばすので、本当に精巧なものです。そんな父親を見て、子どもながらにヤスリのかけ方など、どうやったらあれほど美しく、精密につくることができるのだろうかと、そんな見方が自然にできていたのかもしれません。それでものづくりがとても好きになって、ぼくは小学生のころから車のラジコンを組み立ててつくるようになったのですが、父の影響がなかったら今のぼくはないですね」
 模型メーカー、タミヤとのコラボレーションは、28歳のころ同社に「ラブレター」を送ったのがきっかけ。
 「興味のあるところにはすぐコンタクトを取るのが習慣のようになっていますね。そうすると不思議なところから縁がつながります。『ラブレター』は、小さいころに父親の影響でタミヤに出会ったことなどを文章にして、それまでつくったタミヤの模型写真を添えて、このぐらい好きです(笑)、というのを書いて、こんなことを一緒にできたらという提案もしたんです。これがいまにつながっています」
 クリエイティブディレクターとして、専門領域にこだわらずにさまざまなことに挑戦したいと言う。
 「洋服もスニーカーもデザインしますし、絵も描きます。メディアクリエイターのハイロックさんと、架空のハンバーガーショップというインスタレーションもやりました。父親譲りで職人気質ではあるのですが、いろんな職業を持ちたいとすら思っていまして、プロとアマの領域を超えて可能性をどんどん広げたいですね」

 (じゅん・わたなべ)クリエイティブディレクター。1977年新潟県新発田市出身。ファッションECサイト「ZOZOTOWN」を運営する会社、スタートトゥデイで、ブランディングやサイトデザインなどクリエイティブにかかわる全般を担当。
 また一方で自身のブランド「JUN WATANABE」を展開し、リーボックやアシックスをはじめとするシューズブランドとコラボレーションモデルを多数リリース。現在まで3作リリースしているリーボックポンプフューリーは発売と同時に完売し、現在でもプレミアムが付いている。
 ファッションブランドとのコラボモデルを発売する一方で、2012年には世界的模型メーカータミヤから水玉模様のRCカー「ホーネット by JUN WATANABE」をリリース。強烈なインパクトを持ったデザインはRC業界のみならずファッション界にも広く取り上げられた。現在もファッションをベースにしながらもさまざまなカルチャーと交流し、各方面で幅広く活動している。


■建築概要 子どものための「大地の彫刻」 設計統括担当(アーキテクトファイブ代表)川村純一さんに聞く

川村純一さん(アーキテクトファイブ事務所で)

 イサム・ノグチは、子どものための広大な公園計画「モエレ沼公園」のプロジェクトに取りかかろうとした矢先、病に倒れ急逝した。1988年12月30日のことだった。そのわずか1カ月半前、3月の現地初視察から9カ月でマスタープランの最終案をつくり上げたばかりだった。イサムが長年夢に見てきた「大地の彫刻」である。
 当時、知り合いを通じてイサムを発注者の札幌市に紹介したのが、イサムと十数年のつながりを持ってきたアーキテクトファイブの代表、川村純一さんだった。川村さんは丹下健三・都市・建築設計研究所の所員時代の75年、東京の草月会館設計で、庭園を手がけたイサムと初めて出会っている。印象をこんな風に語る。
 「怖いと言う人もいますが、人間が好きで、特に子どもが大好きで愛情の深い人でした。原爆もそうですが、世界各地での戦争に心を痛めておられ、『愛と平和』を強く思い描いていた方だと思います」
 モエレ沼公園のマスタープランづくりで模型をつくるなど、当初から共同作業をしていたアーキテクトファイブが設計を引き継ぐことになって、川村さんがその設計統括を担当、地元のランドスケープデザイナーの斉藤浩二さんとともにプロジェクトを進めた。
 「84歳の誕生日の88年11月17日、香川県高松市牟礼町のイサム先生のアトリエで、マスタープランの最終案と2000分の1の模型を使って先生が細かく説明されました。イサム先生は公園内に配置する施設と過去の作品の類似点、新しく実現しようとしている構想について、誕生日の日まで指示を出してくれました。思いも寄らなかった急逝後、設計内容に迷いが出て決まらない時は『イサム先生だったらどうしただろう』と考えました。そして、それまでイサム先生と仕事をしてきた多くの方々の協力のもと、生誕100年の2005年に完成することができました」

■建築ファイル
▽名称=モエレ沼公園
▽所在地=札幌市東区モエレ沼公園1-1
▽事業主体=札幌市
▽設計・監理=マスター・プラン:イサム・ノグチ、監修:イサム・ノグチ財団(ジョージ・サダオ、佐々木喬)、設計統括:アーキテクトファイブ(川村純一、堀越英嗣、松岡拓公雄)、造園:キタバ・ランドスケープ・プランニング(斉藤浩二)
▽規模=敷地面積188.8ha
▽ガラスのピラミッド=RC・S造3階建て延べ5322㎡
▽海の噴水=総水量1800t、噴水最高噴き上げ高さ25m
▽造園=プレイマウンテン、テトラマウンド、アクアプラザ、モエレビーチ、サクラの森、屋外ステージ、モエレ山など
建設通信新聞の見本紙をご希望の方はこちら

0 コメント :

コメントを投稿