2016/11/12

【けんちくのチカラ】境界線のない空間で「あわい」を表現 ピアニスト・美術家 向井山朋子さんと「台中国家歌劇院」



 オランダのアムステルダム在住のピアニスト・美術家の向井山朋子さんは、大好きな「あわい(間)」をパフォーマンスのテーマや空間として選ぶことが多い。「劇場に曖昧で境界のない『あわい』の空間があるのはとても魅力的です。その空間をうまく使えば、おもしろい作品が生まれるのではないでしょうか」。9月30日に台湾の台中市にオープンした伊東豊雄さん設計の「台中国家歌劇院」で、向井山さんの作品『La Mode』が中劇場のこけら落としで上演された。この作品も舞台と客席などの「あわい」が表現される。「私が大好きな内と外の境界がなく、開かれた劇場というのが最初の印象です。中は自然な曲線に強く包み込まれる感じがしました。舞台もデザインしていただいた伊東さんは、つくる側のスピリットを共有できる方だと思います」(photo:Ilja Keizer)

2007席の大劇場(グランドシアター)
(c)National Taichung Theater

 向井山さんは、「台中国家歌劇院」の第一印象を「開かれた劇場であることを強く感じた」と話す。それは「カテノイド」と呼ばれる曲面連続構造体の歌劇院と周囲の公園が自然につながっていたからだ。
 「建物全体が自然な曲線でできているため、周囲の環境にとけ込んでいました。大中小3つの劇場では、小劇場が中庭にある野外劇場とつながるようになっています。ここからここまでが劇場、あるいは舞台ということではなく、時にはあいまいに使える空間が用意されているのがとても魅力的です。私は境界のあいまいさ、『あわい』がすごく好きで、テーマや空間として使うことが多いんです。台中国家歌劇院はそのあわいの深さを感じられてとても素晴らしいと思います」
 中に入った印象はこう話す。
 「巨大な建物にもかかわらず、女性的な感じがしました。女性的というのは、直線ではなく自然なラインで、包み込むような強さを持っていたからです。ある舞踊評論家が言われていてとても納得したのが、『劇場に行くのは自分を再生するため』という言葉です。暗くなって公演が始まって、終わった時に明るくなりますよね。それが『一回死んで、生まれ変わる』再生だというのです。胎内巡りとも似ています。台中国家歌劇院の空間は、胎内のようでもありますね」
 
■こけら落としは境界のあいまいさ描く
 中劇場のこけら落としでは芸術監督を務め、ピアニストとして出演した『La Mode』を上演した。現代の宗教とも言われるファッションをテーマに、3年間の年月を費やして準備したパフォーマンスだ。向井山さん自身の言葉に「あらゆる分野の『境界』をなくし、消し、引きなおすこと」とある。舞台デザインを伊東さんとテキスタイルデザイナーの安東陽子さんが手がけた。
 舞台と客席の境界がない空間で向井山さんのピアノが奏でられ、ダンサーが踊り、最後はリズム感あふれるファッションショーが展開される。

台中国家歌劇院で上演した向井山さん演出の『La Mode』

 「安東さんのテキスタイルはカーテンの壁のように使われて迫力があり、境界のあいまいさがより鮮明になったと思います。伊東さんは、劇場やホールが、市民に開かれた場であると同時に、クリエイターの発表の場であるという、つくる側のスピリットをよく分かってくださっている方だと思います。舞台デザインでもそれが伝わってきました。歌劇院の空間デザインの一部をそのまま舞台に持ってきたようなすばらしいものでした」
 向井山さんが建築空間を選ぶ時に考えるのは、場所性のほか、どういう人が出入りしていて、どういう風に使われているのかなどだという。
 「台中国家歌劇院では、オープン前の市民の反応がとても印象的で、ローカルバスに乗ったり、マーケットに行っていろいろな人と話すと、ほとんど皆さんが歌劇院のオープンを楽しみにしていらっしゃったんです。ネギを売っていたおばちゃんも待ち遠しいと言ってました。こけら落としでは、こういう人たちに私を分かってもらい、大劇場と生活のテリトリーとの境界をどれだけあいまいにできるのかが、『La Mode』のテーマにもなりました」
 この作品は10月上旬、東京・青山のスパイラルホールでも上演され、好評だった。

■ 場所との関係性を象徴的に表現した『Home』 さいたまトリエンナーレで
 今回の帰国のタイミングでは、場所との関係性を象徴的に表現したパフォーマンスも、さいたまトリエンナーレ2016(さいたまトリエンナーレ実行委員会主催)のイベントの一つとして開催されている。埼玉県岩槻市駅前の古い民家を舞台に、向井山さん演出で、同じくオランダを拠点に活躍するダンサーの湯浅永麻さんのパフォーマンスとインスタレーションを繰り広げるもので、タイトルは『Home』。家に刻まれた記憶のメタファーによって、現代の家、家庭、家族を問う。
 「会場の民家は100年ほど前に建てられた家で、中心に仏壇と神棚があって、私たちの知る家とは随分違います。ここを見つけたときに、少しワサワサする人の気配を感じたんです。100年の間、住んでいた人の気配です。その記憶のメタファーで家や家族を考えたいと思いました」
 『Home』は12月11日まで。毎週土曜日は湯浅さんのパフォーマンスがある。詳細はトリエンナーレHP

 (むかいやま・ともこ)ピアニスト、美術家。1991年にオランダの国際ガウデアムス演奏家コンクールで優勝して以来、ピアニストとして、国際的に活動するオーケストラなどと共演するほか、映画監督、デザイナー、建築家、写真家、振付家らとのコラボレーションを行う。近年は美術家としても活動、《for you》(横浜トリエンナーレ2005)、《you and bach》(シドニー・ビエンナーレ 2006)、《wasted》(越後妻有アートトリエンナーレ2009)、《Nocturne(夜想曲)》(瀬戸内国際芸術祭2013)、《Falling》(あいちトリエンナーレ2013)などで作品を発表。近年の日本での発表作品はコンサートシリーズ《Multus》(11年-13年)やダンス作品《シロクロ》(09年)など。07年、向井山朋子ファンデーションをオランダに、15年には日本で一般社団法人◯+(マルタス)を設立し、プロデュースの分野でも活躍。16年9月、《La Mode》(台湾・台中歌劇院、東京・Dance New air2016)、《Home》(さいたまトリンナーレ2016)を発表。11月下旬から12月にかけ、元ネザーランドダンスシアターの振付家イリ・キリアンとの共同制作パフォーマンス《Tar and Feathers》をパリのオペラ座で公演予定。
 公式サイトマルタス 

■建築概要 市民が集う気取らないオペラハウス 設計者・伊東豊雄さんに聞く





 「ぼくの想像を超える自由な使われ方がされていて、オペラなどの公演がなくても大勢の市民が街歩きに立ち寄る場としてにぎわっていました。気取らないオペラハウスができたのがぼくにとっては一番うれしいですね」
 設計開始から11年の歳月を経て9月30日に台湾・台中市にオープンした「台中国家歌劇院」の設計を担当した伊東豊雄さんは、感慨深げにそう語る。設計完了後、1年半施工者が決まらないなど「絶望的な状況」を乗り越えての完成となった。
 コンセプトについて改めてこう語る。
 「中と外をつなぐというか、外のような内部空間をつくりたいということと、流行の繊細できれいなものではなく力強いものをつくりたいという思いがありました」
 建築を自然に近づけるという伊東さんの一貫した考えも強く伝わってくる。

ライトアップされた夜の外観
(c)Chang Chi-Chia

 「柱と梁に太いチューブを使って、水平方向のチューブは床が壁に、壁が天井につながり床、壁、天井の区別がない構造になっています。外壁と内壁も連続した格好です。言ってみればどこまでもつながっている洞窟のようなイメージです。そうは言っても建築は幾何学で成立するので、ベースは直交する幾何学グリッドの変形です」
 伊東さんが驚いたのは、こうした「境界」を可能な限りなくした建築を建築主、アーティスト、市民が伊東さんの想像を超えて自由に使っていること。劇場壁面へのプロジェクション、屋上や鑑賞用の池でのパフォーマンスなど。「理想的な使われ方がされていると思います」
 大中小3つの劇場のうち中劇場のこけら落としでアーティストの向井山朋子さんが上演したダンス・パフォーマンス『La Mode』は、男と女、舞台と客席などの「境界」をなくすというテーマ。伊東さんは「建築の考え方とまったく同じテーマだったので、ぼくにとっては最高のパフォーマンスでした」と笑顔で話す。

■建築ファイル
▽建築主=台中市政府
▽所在地=台中市西屯區惠來路二段101號
▽構造・規模=RC一部S造地下2階地上6階建て延べ5万1152㎡
▽大劇場(グランド・シアター)2007席、中劇場(プレイハウス)796席、小劇場(ブラック・ボックス)200席
▽設計者=伊東豊雄建築設計事務所・大矩聯合建築師事務所
▽施工者=麗明営造
▽竣工日=2016年9月30日
▽用途=劇場、物販、飲食、公園
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