2016/05/12

【けんちくのチカラ】常に建築から影響受け新たな「映像芝居」に挑む 現代美術家・束芋さんと東京芸術劇場


 現代美術家の束芋(たばいも)さんは、建築空間との関係の深い映像インスタレーション作品が多い。「多くの作品は与えられた空間をそのまま使うのではなく、建て込みをすることもよくあり、建築に近いイメージがあります。作品づくりは常に建築空間から影響を受けていますね」。自身の作品をそう説明する。このためかかわった建築はたくさんあるが、今回はことし7月のダンス公演『錆からでた実』で初めて演出に挑戦することになり、その上演会場となる東京芸術劇場(シアターイースト)を語ってくれた。ダンサーの森下真樹さんとコラボレーションしてきた同名作品の第3弾で、「身体(ダンス)、音楽、映像が同じレベルに立ち上がって、複雑に絡み合う『映像芝居』を目指しています」と話し、これまでにない斬新な試みとなる。この実験的な「芝居」を実現できる懐の深い劇場は限られており、東京芸術劇場が受け入れてくれたことをとても喜ぶ。
 「私の作品は常に建築から影響を受けていて、厳しい条件の空間、逆に度量の大きい空間のいずれも挑戦になりますし、私の作品を成長させてくれます。7月に公演をさせていただく東京芸術劇場のシアターイーストは、度量の大きい、懐の深い劇場です。演出は私自身初めての経験で、映像や音楽も身体(ダンス)と同様に主役になる今までにない形を目指しているので、『映像芝居』という新しい言葉をつくりました。空間の活用も含めて大きな挑戦になります」

正面入口。ガラス屋根のアトリウムが芸術の拠点としての存在感を印象づける(写真提供:東京芸術劇場)

 東京芸術劇場での演目は『錆からでた実』。2010年に知り合ったダンサーの森下真樹さんとのコラボレーション公演で、13、14年の同名公演の第3弾となる。錆は鉄が酸化して安定した状態にかえろうとする過程。不安定が安定を生み、安定がバランスを崩して不安定を生み、ぐるぐる回って実を結び、また不安定に--。そんなストーリーだ。

◆ 「映像を身体に近付ける」こと
 第1弾が東京都渋谷区の青山円形劇場、第2弾が京都市の京都芸術劇場春秋座で公演。いずれも森下さんを座長としたダンス公演として上演した。
 「森下さんと私は、制作段階でいろいろと話し合って、ダンスに映像を合わせるだけでなく、映像に合わせてダンスを踊るということも少しずつ取り入れてきました」

映像芝居「錆からでた実」試演会(城崎国際アートセンター。4月)
(c)igaki photo studio

 東京芸術劇場の公演では、こうした試みを大胆に導入して、束芋さんがずっと思い続けてきた「映像を身体に近付ける」ことをより明確に描く。
 「映像や音楽は背景という位置付けが一般的ですが、今回は身体、映像、音楽が等価で、すべて主役になって成立する舞台を考えています。映像ですと、例えば最初にスイッチを入れて自動的に流すのではなく、客席側に映像操作のスペースを設けて、私がそこで身体の動きに合わせてライブで映像を出していくことにしています。身体と映像、音楽がより一層複雑に絡み合うことを目指します」
 06年に世界的に有名なダンスカンパニー、バットシェバ舞踊団の芸術監督のオハッド・ナハリンさんに作品を高く評価されて、ダンスとのコラボレーションを初めて手がけた。それがきっかけで舞台の仕事も増えて面白さにひかれていると言う。
 「舞台に張ったスクリーンの映像は、お客さまの席によって現実的に見えにくい場所も出てきます。7月の公演では2枚のスクリーンを使いますが、見えづらさをカバーできるような客席の配置や、その席でしか見えない現象を考えたりしながら、クリエーションを続けているところです。映像も主役にできる『映像芝居』という試みを実現するには、懐の深い劇場が必要でしたが、東京芸術劇場に受け入れていただきとてもうれしいです」

◆つくり込まれた空間がすごく好き
 東京芸術劇場は、建物の存在感がとても強く、建築を中心にした音楽、演劇などの拠点という感じがしているとも話す。
 「入口の大空間のアトリウムが目に入ると、『演劇を見るぞ!』というワクワクした気持ちになるのが素晴らしいですね」

公園から連続するアトリウム空間。右奥に見えるのが5階の大ホールに向かうエスカレーター
(写真提供:東京芸術劇場)

 今の仕事に影響を与えた子どものころの原風景のようなものに、テレビ番組の『8時だョ!全員集合』がある。
 「小学生のころ見た番組です。コントが見たいというよりも、つくり込まれた空間がすごく好きで、舞台が回転して楽団が出てきてアイドルが歌うという舞台の裏側に全然違う世界があるのがすごいと思っていました。しかも生放送で、臨場感に興奮していたのを覚えています。母親はNHKしか見せないという教育方針でしたが、働きに出ていたのでよく見ていました(笑)」
 建築家の永山祐子さんと仲が良く、永山さんが改修設計を手がけた愛媛県宇和島市の木屋旅館という老舗で13年、6カ所に8つのプロジェクターを使い旅館全体を一つの作品に仕上げた映像インスタレーションを発表した。

シアターイースト。「束立組床」で、エンドステージ、すらすとステージ、センターステージなど自在な創造形式ができる
(写真提供:東京芸術劇場)

 「永山さんは、2階の床を透明なアクリルにして縦に視界を延ばしたんです。これがとてもおもしろくて、映像の一つは2階天井に投影し、それがアクリルの床に反射して、まるで1階の空間に映像が浮いているような演出が可能になりました。漫画家のほしよりこさんにオリジナルの小説を書いてもらってそれを基にすべての作品をつくりました。とても楽しい体験でした」

 (たばいも)1975年生まれ。99年京都造形芸術大学卒業制作としてアニメーションを用いたインスタレーション作品「にっぽんの台所」を発表、同作品でキリン・コンテンポラリー・アワード最優秀作品賞受賞。以後2001年第1回横浜トリエンナーレを皮切りに、11年には第54回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館代表作家に選出されるなど、数々の国際展に出品。
 主な個展に「ヨロヨロン」(06/原美術館)、「TABAIMO」(07/カルティエ現代美術財団)、「断面の世代」(09/横浜美術館、10/国立国際美術館)、「MEKURU MEKU」(14/MCAオーストラリア)。近年は舞台でのコラボレーションも展開、12年浜離宮朝日ホール20周年記念コンサートでパスカル・ロジェと映像と音楽のコラボレーション、杉本博司脚本・演出の人形浄瑠璃『曾根崎心中』へのアニメーション参画など多岐にわたる。現在、San Jose Museum of Artにて個展「Her Room」を開催中。
 ことし7月には、ダンサー・森下真樹とのコラボレーション作品第3弾映像芝居「錆からでた実」を東京芸術劇場にて公演、今秋にはシアトル美術館にて大規模個展を開催予定。長野県在住。

◆建築概要 今も役割担う象徴的アトリウム 設計の井上一元芦原建築設計研究所代表に聞く

井上一氏

 東京芸術劇場は1990年に竣工し、演劇や音楽など芸術の拠点としてはもちろん、東京・池袋の西口公園と一体になった交流の場として、大勢の都民でにぎわう。2012年には時代のニーズに応え大規模なリニューアルも実施した。
 竣工当初から設計コンセプトの象徴的位置付けにあるガラス屋根の超大空間のアトリウムは、いまもその役割を担い続ける。90年竣工当時、設計を担当した芦原建築設計研究所の井上一さんは、所長の芦原義信さんと足繁く現場に通った。
 「建築は実体です。それをつかむのは現場しかありません。施工者と一緒に行動するためよく現場に行きました」
 敷地はかなり広かったが地下鉄が近かったため、振動騒音源から遠ざけるという原則に従った。
 「池袋の西口公園と一体整備という条件がありました。それは芦原が大事にしていた『街並みの美学』を理想的にできるということでもあります。音と振動から離すために4つのホールなどを重ねる重層構造を採用しました。その結果、敷地内に公園からつながる劇場へのアプローチとして外部的秩序を持つ内部、あるいは逆に内部的秩序を持つ外部ともいえる超大空間のアトリウムをつくることができました」
 このアトリウムは、来場者が入った瞬間に大ホール、中ホール、2つの小ホールのどこに行くかが各エスカレーターで一目瞭然にわかる。さらに、1階のチケット、催事のビューローやカフェ、ショップ、5階大ホールホワイエの展示空間など、公演がない日でも都民が自由に交流できる場としても機能する。
 「アトリウムを幸いにもこうした多機能な空間として設計できました。7年前に横浜美術館で開かれた束芋さんの個展『断面の世代』を見ましたが、集合住宅の断面に人生の断面をなぞらえたような切り口は記憶や感覚をデザインしているのではないかと本当に面白かったですね。東京芸術劇場のアトリウムと重ね合わせて考えていました」

◆建築ファイル
▽名称=東京芸術劇場
▽所在地=東京都豊島区西池袋1-8-1
▽構造・規模=SRC一部S造地下4階地上10階建て延べ5万1394㎡
▽客席数=大ホール1999席、中ホール841席、小ホール(シアターイースト、ウエストいずれも)300席(可変式)
 〈1990年竣工当時〉
▽設計=芦原建築設計研究所(意匠)、織本構造設計(構造設計)、建築設備設計研究所(設備設計)、永田穂建築音響設計事務所(音響)
▽建築施工=大成・間・安藤・西武・日本国土・地崎・古久根・城北協JV(社名は当時)
 〈2012年リニューアルオープン当時〉
▽改修設計=松田平田設計
▽設計協力=香山壽夫建築研究所(意匠、劇場)、永田音響設計(建築音響、舞台音響)、空間創造研究所(舞台機構、舞台照明)、織本構造設計(構造設計)、近田玲子デザイン事務所(照明)
▽建築施工=奥村組・近藤組JV
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