2015/08/08

【けんちくのチカラ】伝統の石州瓦使った外壁に懐かしさ シンガーソングライター MINMIさんと島根県芸術文化センター

ハイブリッドな音楽性などで注目を集めるシンガーソングライターのMINMIさんは、全国ツアーで巡った数多くの音楽ホールでも、昨年初めて訪れた「島根県芸術文化センター(愛称・グラントワ)」が強く印象に残っているという。建物の屋根と外壁にふんだんに使われている赤茶色の石州瓦が、祖母の実家で見た赤い瓦屋根と重なり郷愁を誘ったことと、現代建築に日本の伝統的な素材を使っているのが「すごく素敵だった」と話す。楽曲のダウンロードによって音楽産業の構造が転換期を迎え、沈滞ムードさえ漂うが、この逆境感は「前例がなくても可能性に賭ける」と前に進んだ20歳のころの自分と重なる。「垣根が壊れておもしろい時代。次の新しいことが光り始めて、日々ワクワクして挑戦しています」。発信する音楽、ファッション、ブログなどに「負けるなニッポン」のパワーを込めているという。

 コンサートの前日、グラントワのある島根県益田市に入って遠くから街を見たとき、地域の特産物として事前に聞いていた赤い瓦屋根の民家がいくつも連なって見えた。
 「落ち着いた赤い色の瓦屋根がたくさん見えまして、それが神戸のおばあちゃんの家の屋根瓦の色と同じだったので懐かしくて。翌日、コンサート会場の島根県芸術文化センターに行ったら、壁にまで瓦がふんだんに使われているのがすごいと思いました。現代建築というと、コンクリートの打ち放しなどが思い浮かびますが、日本の伝統的な瓦という素材を使っているのがとても素敵でした」

大ホール。島根県内最大面積の舞台に最新の吊物機構や走行式音響反射板などの設備を備える。
客席は舞台を見やすいよう緩やかな円弧状に配置されている(撮影:内藤廣建築設計事務所)
この建物は美術館と劇場が一体になった全国でも珍しい施設。屋根に12万枚、壁に16万枚もの石州瓦を使っている。

◆新築なのに昔からあるような
 設計した内藤廣さんは、オープンの日に近所に住む女性から「できたばかりなのに昔からあるみたい」と言ってもらえたのがうれしかったと話していた。このことと、MINMIさんの「現代建築らしくない」という話がつながった。MINMIさんに内藤さんの話を伝えると、「建築家のお考えを感じることができたなんてうれしいです。小さいころは何とも思わなかったお城とか神社のような歴史的建造物が、いまは、本物は美しいな、残っていってほしいなと強く思います。建築家の方にぜひお会いしてみたいです」と声を弾ませる。

壁の石州瓦は赤茶色だが、光の角度で金色、ブルー、緑色などに表情を変える。
中庭の25m四方の水盤はイベント時には広場になる (撮影:内藤廣建築設計事務所)
「ほかにもたくさん好きなホールがあるのですが、ここのように重厚感があって、厳かなホールはなかなかありません。印象的なホールと言われてぱっと出てきました。建築家の方の思いが伝わってきたことと、建築に対して感想を発する初めてともいえる機会をいただきすごくうれしいです」
 音楽、トークともにとても一体感を感じられるホールだったという。
 「トークではお客さまもわたしも笑い、和気あいあいとした雰囲気に包まれました。お客さまをとても身近に感じられるライブ感のある空間でした。若い人から年配の方まで幅広い方々が集まってくれまして、このまちが好きだという心の温かさが伝わってきましたね」

◆昔ながらの家の良さ、残ってほしい
 両親の実家が、神戸と大阪にあって、小さいころどちらにも住んでいたことがある。
 「神戸のおばあちゃんの赤瓦屋根の家は、洋風の建物で井戸もありましたね。残念ながら阪神大震災で半壊して今はマンションに引っ越しています。大阪の実家は、縁側や雨戸、勝手口などがあって、宮崎駿さんのアニメに出てくる民家のようなんです。大好きな家なので、残してもらいたいです」
 東京では都心のマンションに住んでいる。
 「小さい子どもがいることもあって、引っ越す前にリフォームをしまして、設計者の勧めで壁を土壁にしました。床も木のフローリングです。できる限り化学的に作られたものは避けて自然なものを使うことを考えました。ですから、マンション特有の閉鎖感がなくて、床はミシッという音がしたり、呼吸する土壁のおかげで空気の通り方も違います。おばあちゃんの家で暮らした経験があるせいか、そういう感覚が心地いいんです」

ライブでは観客との距離がいつも近い
広いマンションに住んでいたこともあるがどうもしっくりこなかった。今のマンションは広くはないが、生きた質感が気に入っていて、クリエーティブな活動にとてもいい環境だと考えている。
 「現代はエンターテインメントの形もバラエティーに富んでいて、わたしがこれまでやってきた変化や進化がもっともっとできる時代。沈滞ムードもありますが、20歳のころの逆境感と似ていて、前例のないことがどんどんやれるとワクワクしています。日本のアートは爆発できるし、日本の希望を強く感じています。そんなパワーを発信していきます」

◆設計・内藤廣さんに聞く 外壁にも16万枚の石州瓦を設置
内藤廣さん
シンガーソングライターのMINMIさんが、全国のホールの中から、内藤廣さん設計の島根県芸術文化センターを最も印象的なホールとして挙げてくれたことを伝えると、内藤さんは照れながら「うれしいですね」と話す。ホールなどの評価は観客からたまに聞くが、演奏者から聞くことはほとんどないのだという。
 「ホールは難しいですね。舞台に立つ人に聞こえる音が良いか悪いかによって演奏の良しあしも決まります。客席の音が中心になりがちですが、舞台と客席の評価は一体です。プロのミュージシャンから評価されるのは本当にうれしいです」
 2005年10月オープン当時の澄田信義島根県知事が5期目の最後に、江戸以前に地域文化の中心だった石見に、何としてでも文化の拠点をつくりたいとの信念を実現した建物だという。美術館と劇場が一体になった施設は当時どこにもなかった。
 その思いを受けて内藤さんは石見の歴史を基に、400年ほどの文化の空白を埋めるために大きな中庭をつくって人が集まる空間とし、江戸から明治にかけて石州瓦の一大産地だった記憶を蘇らせようと、屋根だけでなく、空前絶後ともいえる壁への16万枚もの瓦を設置した。
 「石州の土と出雲の釉薬でしかあの独特の美しい瓦はできません。しかも300年ほどの耐久性もあります。中身はコンクリートで、それをレインコートのように瓦で包む格好ですね」
 劇場は、地域にとっては過大といってもいい1500席を確保した。「知事にこの地域ですと1000-1200席がキャパシティーではないかと進言したのですが、一流のアーティストに来てもらうには1500席が必要だと言われまして。知事の強い思いが伝わってきました」
 音響は実験を繰り返し非常に良いものができたと話す。「特徴的なのはコンクリートの構造を意図的に露出させたこと。2階席の一番奥でもかなりクリアに聞こえます」。美術館と劇場という異分野の組織が一体になって、大変さもあったが良いチームで仕事ができたという。

 MINMI(みんみ)大阪府出身。シンガーソングライター。02年デビューシングル『The Perfect Vision』が売り上げ50万枚という快挙。以降アルバムリリースごとにチャートのトップ5位内を記録。自身が主催する大型野外フェス「FREEDOM」では、毎年6万人を動員。淡路島、九州、東北の3カ所で開催し、年々パワーアップしている、今もっとも注目される音楽フェスの1つとなっている。さまざまなジャンルのテイストを横断したハイブリッドな音楽性、メッセージ性の高いリリック、女性としての優しさと力強さを合わせ持つ歌声、そして何より本人自身から放出されるナチュラルでボジティブなバイブスが、老若男女を問わず多くの音楽ファンの心をとらえている。音楽活動だけにとどまらず、常に進化するエイジレスな魅力はファッション界でも注目されている。積極的に社会活動を行い、新時代を切りひらく女性として、ファッションリーダーとして、多数の女性から支持されている。
 7月22日にシングル『ホログラム』を、26日にはアルバム『EGO』を立て続けにリリース。そして秋には全国ツアー『MINMI 仮面舞踏会』で、全国13カ所を駆け抜ける。

◆建物ファイル

▽名称=島根県芸術文化センター(島根県立石見美術館、島根県立いわみ芸術劇場)
▽所在地=島根県益田市有明町5-15
▽構造規模=RC一部PC・S造地下1階地上2階建て延べ1万9252㎡
▽設計=内藤廣建築設計事務所
▽構造設計=空間工学研究所
▽設備設計=明野設備研究所
▽建築施工=大成建設・大畑建設・日興建設特別JV
▽空調=新菱冷熱・電設サービス・技研設備特別JV
▽衛生=新日本空調・吉村設備・角田工業特別JV
▽強電=中電工・北陽・山代特別JV
▽弱電=栗原工業
▽開館日=2005年10月8日
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